私が祖母から受け継いだ物

和だんす

私の祖母は100歳を越えるまで元気だった。

もっとも「元気」と言う言葉の定義が当てはまるのかはよくわからないのだが。

認知症だったし、かなり体格の良い人だったから、膝をやられて車椅子生活になってからは、両親が自宅では介護し切れなくなって施設に入っていたからだ。

一度、久しぶりに私の顔を見たときなど、

「大変だわい。こどらが急にママ(私の母親)の歳になったわい。早く嫁入り先を探さねーと。」

と焦っていたから、記憶が20〜30年ほど混乱している様子ではあったが、家族のことを忘れたりすることはなかった。

祖父は私が子供の頃に他界し、それからはずっと一人暮らしで、私の父親が会社を引退してUターンして同居するまで、しっかりと元気に暮らしていた祖母。

私が彼女の料理で一番好きだったのは夕顔の煮付けで、

19歳で遠い親戚だった祖父に嫁いだ時の話を、懐かしそうにしてくれたことが一番記憶に残っている。

そんな祖母が他界したのは私が40歳を過ぎてから。

大往生だったし、離れて暮らしていたのでそうしょっ中会えていたわけではなかったけれど、

自分が生まれてから40年以上、ずっと当たり前のようにいた存在が突然いなくなってしまうのは、思っていたよりも随分と寂しいことだった。

今の私は、祖母が残してくれた形見の品をいくつか受け継いでいる

たち吉の食器、風呂敷、和だんす

たち吉の食器
祖母の好きだったたち吉の食器
私が受け継いだものの一部
風呂敷
祖母の風呂敷
風呂敷
かわいい風呂敷は何枚あっても重宝するもの
祖母の遺品の棚
祖母が使っていた和だんす

大正の始まりに生まれ、昭和、平成と、3つの時代、1世紀を生きた祖母が、生前に愛用していた品々だ。

そして先日、シンガポールから帰国して、14日間の隔離を経て、新型コロナの感染リスクが99.9%ない状態で久しぶりに両親に会いに行った時のこと。

庭にあるお蔵の整理を頼まれて、中の棚などを移動させたりしていると、ふと祖母が施設で使っていたバスタオルが出てきた。

タオルの端に、祖母の名前がマジックで書かれていた。

まだそんなに何度も使っている様子はなくて比較的新しく、触るとフカフカだったので貰ってきた。

我が家で使っているバスタオルはどれもこれもすっかり使い古して固くなっているから、

祖母のバスタオルはフカフカで、お風呂上がりに体を拭くと、ほんわかと温かくて、ほんのりと優しい

形あるものはいずれ壊れるし、人の命にも限りがある。

でもこうやって祖母の残した物を使っていると、祖母を近くに感じることが出来るし、

これからも大切に使っていきたいと思っている。

と、、、今回は、いつもと違った雰囲気でエッセイを書いてみました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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