実家でパクパク食べていたら父親から渡された「知足」という言葉
突然ですが、みなさまの食卓ではおかずは何品くらいでしょうか?
一汁一菜?
定食形式?
それとも中華料理のテーブルのように大皿がずらっと並びますか?
実家で渡された「知足」の書
この土日は実家に行っていたのですが、うちの実家はおかずの品数が多いのです。
テーブルには毎食ずらっとお皿が並びます。
トマト、きゅうり、インゲン、自家製の漬物、佃煮、煮物、そしてその他にメインのおかず。
もちろん毎食作るわけではなく、作り置きのものを少しずつ出して、品数が沢山あるかんじです。
東京にいた時にはそこまででもなかったのですが、両親がUターンして田舎に帰ってからは、野菜を作ったり貰ったりすることもあり、作り置きが増えた気がします。
それから、10時と3時におやつを食べるのですよね。。。
だから私が実家に行くと、毎回つい食べ過ぎてしまうのです。
私は自宅では基本おやつは食べないし、その時に食べる分しか作らないので両親とは食習慣が全く違います。
だから食べ方がよくわからないというか、、、
実家にいくと、並んでいるおかずを少しづつ食べているだけでもすごい量になっていて、、、
毎食お腹が一杯になります
現在、コロナ禍で在宅フリーランスをしている私、かなりの運動不足になっているから、なんだかぷくぷく太っていくし、、、
痩せなきゃなぁと自分でも思うし、周りからも言われるような有様です。。。
そんな中、帰りがけに、見送りに2階から降りてきた父が、何やらクリアファイルに入った紙を差し出してきたのです。
これ、持って帰れ
見ると、和紙に、
知足
と書かれています。
「知足」って知ってるか?
お前、食べ過ぎだから、足るを知ることが必要だぞ
ププププ
(↑笑いを堪えきれない夫)
あ、、、いや、知足くらいは知っているけど。。。
てかこれ自分で書いた書なの?
いや、習字の先生のお手本
え?じゃあ要らないよ。。。
父が書いたのであればまだしも、何故、知らない人が書いたお手本の書を持って帰らねばならないのか、、、
「知足」とは
知足とは「足るを知る」ということ。
老子の知足者富から広まった言葉で、分相応のところで多くを求めず満足する、ということ。
もともとは仏教用語で「少欲知足」と言って、同じ意味の教えがあります。
ここまでは一般的に知られていることで、私もそう捉えていました。
そして今回、意味を調べていて知ったのは、実はこの知足という言葉にはもっと奥深い意味があって、
今すでにある幸せ(=足りている状態)を知って、それ以上の欲を出さず、感謝しなさい
ということなのですね。
知足者富もまた然りで、満足して感謝することができる人は幸せだという意味のようです。
実は私は常々、今当たり前のように目の前にある幸せに感謝して生きていたいと思っています。
だって目の前に当たり前にある幸せが、実は一番大切なものだったりするから。
でも人というのは不思議なもので、何故だか手に入れた幸せに鈍感で、つい新たなものへ目移りしたり、人の物が羨ましくなったり、とかく一番大切なものを見失いがちな生き物ですよね。
今回、自分がいつも心掛けていることと、知足という言葉が初めて私の中でリンクしました。
そうか、私が心掛けていたことは「知足」だったのね
人によって幸せの形は違うから、人を羨ましがっても意味がない。
人によって人生の波は違えどプラマイゼロにできているものだから、今たまたま幸せの波が来ている順番の人を羨ましがっても意味がない。
人に気を取られて自分の大切なものを見失っては本末転倒です。
そして人生は修行だから常にブラッシュアップが必要ですが、
それは決して高望みしているわけではなく、コツコツと着実に実力をあげていく事であり、
現状に満足してそれ以上の努力をしないことは知足とは違うと思うのです。
あとがき
それにしてもまさか、食べ過ぎで「知足」という書を渡されそうになるとは、、、
そんな人、私の他にいます???
改めて腹八分を心掛けようと思った出来事でした。
夏なのに、何故だか太る、、、不思議ですよねえ。。。(←食べ過ぎ💦)
ということで、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
※食いしん坊さんも、夏バテ中の方も、コチラ↓を、、、